2018年12月4日火曜日

Session4-1 砂漠の王国

獅子の帰還

三人は馬車に乗り荒野を旅していた。
数日前にヨイチがダハールという男と私娼窟で知り合った。ダハールは三人が拠点としている都市フラットニードルで薬問屋をやっていた。四十代後半くらいなのだが、既に息子に店を任せている身だという。今では遠方の知人を訪ねて回るのが楽しみだという。
 その知人のひとりが三人に仕事を頼みたいと云うので、ダハールは三人を馬車に乗せ荒れ地の中にある砂漠の小国ラハブに向かっていた。
 国境を超えたあたりで、ラハブの兵士数人がダハールを迎えにやって来た。兵士がゴンザの顔を見ると驚いた顔をし顔を見合わせている。
 ゴンザは記憶を失って六、七年経過している。現在は恐らく三十代後半くらいの年齢である。三十歳位までの記憶がない事になる。ゴンザはこの砂漠の出身というか、この砂漠から来たと事だけは、何となく覚えている。ゴンザは風景や兵士たちを見て、なにか詳しい事を思い出しそうになったが、何も思い出せず頭に痛みを覚えただけだった。
 砂漠の国ラハブは三つの部族からなっている。もとは“黒炎教”という宗教の元にひとつの部族であった。教祖亡き後、後継者争いの果に三つの部族(黒き羊、黒き狼、黒き蛇)に分裂してしまった。そしてそのラハブの首都は四つの区画に分かれている、各部族が支配する区画が三つ、残りの一つの区画は聖地である。区画は高い壁で仕切られている。中からは他の区画へ出入りすることはできない。しかし外壁の門からはどの部族でも自由に出入りできる。
 一行は黒き狼の一族が支配する区画に入った。そして三人は族長ラースの館に案内され、すぐに面会を許された。ラースは族長であるだけではなく三つの部族の代表――彼らの言葉でシャムスと呼ばれる――であり、実質的な国王である。
 ブライはラースの顔に刻まれた皺から、年齢は六十代だろうと見当をつけたが、その身体は今でも鍛え上げられ、動作も壮年の男と何ら変わりない。その身体に加え、長髪に長い髭をたくわえ、鋭く眼光をはなつ眼は威厳そのものであった。しかしその口から発せられる言葉は意外にも柔らかであった。
 ラースは三人に食事をすすめ、やがて仕事の内容を語り始めた。
「二週間後に各部族の代表の戦士が試合をする。勝った戦士の部族が三つの部族の代表となる。しかし一ヶ月ほど前から我が部族の候補の戦士が次々と正体不明の化物に襲われている。その数は十人に及ぶのだ。もう無傷で残されている代表候補の戦士は一人だけだ。貴公らにはその戦士を護衛してもらいたいのだ。そして出来ればその化物を捕らえるか殺すかしてほしいのだ」
 ブライが言った。
「それで俺たち外国人を。……」
 ラースは答えた。
「貴公らは以前、砂漠でバジリスク退治したであろう。あの魔獣を殺せるものは我が部族にはもそうそうはない。」
 なるほどそうそうはない戦士も残り一人かという訳か、ブライは思った。
 報酬はひとり金貨二千枚と告げられた。
 逡巡する間もなく、ゴンザが怒気を含んだ声で答えた。
「相解った、受けよう」
 ゴンザはこの神聖な戦いを卑怯な手段で汚した者達に怒っていた。
 護衛する戦士はアインという、十九歳の若者だ。
 試合の内容は三つの部族全てが代表を出した場合は駱駝の早駆け、辞退した部族があり代表が二人の場合は決闘と決まっていた。今回は長年試合を辞退してきた黒き蛇の部族が参加を表明した為、駱駝の早駆けと決まっていた。
 他の部族の戦士が襲われたりしていないのかと、ブライが問うた。そういった話や噂はない、しかし各部族の戦士の情報は厳に秘されており実際は分からないという事だった。
 またその化物を剣で切りつけても傷一つ付かなかった、しかし銀の刃を持つ武器であれば傷を負わせられることが、度重なる襲撃事件の経験でわかっていた。ラースは三人の武器に銀メッキを施すよう部下に指示した。
 ブライは生き残った戦士から話が聞きたいので、ラースにその手配を頼んだ。
 別れ際に、ラースが特にゴンザにだけ声をかけ握手を求めた。ゴンザはその手を力強く握り返した。するとゴンザはまた何か強く記憶を思い出しそうな感覚に襲われた。しかし何も思い出せなかった。
 三人は生き残った戦士たちから、以下のような話を聞き出した。
ある者は夜、黒い影が見えたと思うと背後から首を絞められた。またある者は、突然けむりがたち、そのけむりが緑色の肌をした身長二mの魔神に変化した、そして鋭い爪と牙で襲いかかってきて、腕を食いちぎられた。またある者は翼と尻尾がある異形の怪物に襲われた。
 ヨイチは翼と尻尾の異形の怪物は、ガーゴイルと呼ばれる魔物ではないかと見当をつけた。そのガーゴイルは普段は石像であるが、生きた魔物に変わり人を襲うのだという。しかもそれは、魔法使いたちの恐るべき魔道の技術であるという。
 三人はともかく最後の戦士アインが滞在している館に向かった。
 三人は最後の戦士がいる館にやってきた。館は高い壁に囲まれた二階建ての建物で、中庭には涼をとる噴水もあった。この暑い砂漠の国で一般的な造りだ。広さは五人程度の人間が暮らすのが適当な広さだ。
 三人は中に入ると、壁の高さや窓の数や造りをざっと観て、どうこの館を守るかしばし思案したが、突然けむりのようになって出てくる魔神や、翼を持った怪物には対しては、壁の高さや窓の大きさがどうであろうが関係あるまい。三人は嘆息を漏らした。
 屋敷の中に入ると二人の精悍な若者とダハールが、話し合っていた。二人の若者の目がゴンザを捉えると、俄に二人の表情が剣呑ものに変わった。
 ダハールは三人を紹介しはじめた。ゴンザも二人の顔をじっと見た、だんだんと周りの音が耳に入らなくなってきた。二人の凍てつく氷のような冷たさと、炎のような怒りを湛えた目だけをゴンザは観ていた。突然、穴に落ちたような驚きと共に、懐かしさがゴンザを襲った。二人はゴンザの息子であった。
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